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ミスユニバース埼玉事務局

【特集】ミスユニバース埼玉代表 藤塚瞳②{高校受験・大学進学編}

シリーズ企画としてお送りしている、

【特集】ミスユニバース埼玉代表 藤塚瞳。

今回はその第2弾{高校受験・大学進学編}。

運動音痴を自称しつつ、厳しい顧問のもとで耐えたバレー生活。

中学校3年生となり、受験を控えた藤塚瞳の高校選択の条件とは。

「テスト終わりのマック、そして号泣」その理由とは。

今回も藤塚瞳の魅力に取りつかれること間違いナシ!

内容満載のインタビューをあなたにお届けします。

(第1弾{少女時代編}を見たい方はこちらをクリック

 

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Profile

藤塚瞳 (ふじつか ひとみ)

埼玉県出身

市立浦和高等学校卒、早稲田大学在学中

市立浦和高時代はバトン部に所属。サッカー部が県内屈指の名門だったこともあり、サッカーに強い関心を持つ。早稲田大学進学後はダンスを行いつつ、サッカーチームのマネージャーに就任。大学2年次に日本一を経験。

学業では健康福祉産業を学び、健康福祉産業に特化したロボットの販売戦略を考案。

研究室内のエンジニア担当が開発したロボットの販売戦略を考案する、ビジネス部門担当者として、コンテストなどに参加をしている。将来の夢はアナウンサー。

 

 

[100点取ったら500円♡] なテスト期間

 

 

・理不尽な仕打ちを受けていた時代もあったわけですが、

勉強の方はどうだったのですか?

 

―勉強は、究極の負けず嫌いだったです。

 

・小さい頃からずっとですか?

 

―はい。大学に入ってからは、「少しなくなったかな?」と思っていたんですけど、やっぱり、どこか負けず嫌いだなっていうのはありました。

 

・じゃあ中学校時代の中間テストや期末テストはかなり勉強をしていました?

 

―はい、もう、かなり。

わたし、結構、物で釣られるタイプなので、母親と賞金をかけていました。

 

・何点取ったらお小遣い、みたいな?

 

―1位なら〇〇円、2位なら〇〇円、3位なら〇〇円って感じで。

「テスト100点 、1枚につき500円!」みたいな。

 

・100点で500円、それって安くないですか(笑)頑張ったのに。

 

―そうなんですよー(笑)

 

・藤塚さん、頭いいですよね?

 

―1位取ったり、100点を取ったりもありましたけど、結構中国人が多い中学校だったんです。彼ら、すごい頭がいい人たちだったんですよ。それで、「負けた~」っていうことが多かったですね。

 

・藤塚さんにも上には上がいるんですね。

 

―ただ人数が少なかったので、ある程度の順位は取れていました。

1学年50人くらいだったので(笑)

 

・中学校は落ち着いた学校でした?

よく、「悪い子」がいる中学ってあるじゃないですか。

 

―平和でしたね。特に問題とか起きることもなく、仲のいい感じで。

1年生のときのバレー部の顧問が怖かったということだけですね。

 

・「マツオミツコ恐怖症」

 

―もう、その話題やめましょ~。

 

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「お姉ちゃんを、超えてやるぞッ」

 

 

・高校受験もあったと思いますけど、進学したい学校の選択基準って何かありましたか?

 

―姉がいるんですけど、蕨高校に通っていたんです。

(偏差値)65くらいで、家からもそこまで遠くない場所にあって。最初はそこに行きたいな、とか思っていました。

でも、負けず嫌いな性格があって、「お姉ちゃんと一緒のところに行くのもなぁ」って思いになって。それで、制服が可愛くて、文武両道の学校に行きたかったので、「市立浦和を目指そう」みたいな。「どうせ目指すなら高いところ!」って感じで市立浦和を目指しました。

 

・それはいつ頃から思い始めたのですか?

 

―いつだろうな、中1の頃は「蕨高校行きたい」とか思っていたんですけどね、確か。

中2の終わりくらいからですかね。挑戦しよう決意したのは。「お姉ちゃんを越えよう」って。

 

・そして、見事に有言実行。

 

―はい、受かったんですよー。嬉しい☆

 

・市立浦和ではバトン部ですよね?バレーはやらなかった。

 

―やらなかった。というのも、姉がバトン部だったんですよ、蕨高校で。

だから「絶対にバトン部に入ろう」って決めていて。バトン部のある高校を探して。

 

・かなり姉の影響受けていますね。

じゃあ、「文武両道」「バトン部」という条件で学校探し?

 

―それで、市立浦和でした。姉の影響を受けていますね(笑)

(姉は)6こ上で、私が小4くらいのとき高1だったんですけど、「蕨高校いいなぁ、面白そうだな」っていつも思っていました。

文化祭とか毎年見に行って、ダンスをやっている姿とかを見て、「楽しそ~」って。

 

 

市立浦和の「女クラ」でした。

 

 

・市立浦和での生活はどうでしたか?

 

―すっごく、楽しかったです。本当に楽しかったですね。

あの3年間を、もう一度、まったく同じでいいからやりたいです。

高校生活は、昨日のことのように覚えていますね。

今も高校の友達とよく集まっています。

 

・本当に楽しかったのですね。どんな高校生でした?

 

―私、3年間女子クラスだったんですよ。

 

・市立浦和ってそんな感じのクラス編成でしたっけ?

 

―いや、私の学年だけそういう感じだったんです。人数比が2:1で女子がすごく多くて、たまたまですけど、3年間女子クラスになっちゃって。

 

・クラス替えとか、ないんですね。

 

―いや、あります。けど1年生のときは本当にたまたま女子クラスで、

2年生になって理系を選択したら、共学クラスになったんですけど、私は文系だったので。

3年生まで女子クラスでした。すごく楽しかったですけどね、クラスは。

 

・じゃあ共学なのに、かかわる人は女子だけ、みたいな?

 

―そうなんです。男子とは、ほぼ交流なかったですね。

 

・またまた~。

以上、モテモテだったという藤塚さんでした。

 

―いやいや、そんなことないんですよ、本ッ当に!

 

・だってサッカー部が放っておかないでしょ、バトン部に藤塚さんがいたら。

 

―まじなんです、市立浦和可愛い人が多かったので。

 

・その中の上位だったくせに(`Д´)

僕が市立浦和のサッカー部員だったら、

毎日、藤塚さん見てますもん、サッカーボールそっちのけで。

 

―嘘です!絶対に見てないです!

 

・練習試合とかで市立浦和に何回か行きましたけど、

確かにバトン部は可愛かったです。藤塚さんの代と僕が、かぶっていなかったことが、本当に悔しい……。

 

―そんなこと言っても何も出ないですよ!!(笑)

 

・はい。。

 

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市立浦和訪問時 後輩にあたるバトン部と

 

サッカー応援で市立浦和は盛り上がる

 

 

・でも、藤塚さん擁するバトン部に声援を送ってもらえたら、サッカー部、そりゃ強いですわな。選手権の応援とか行きました?

 

―たしか(県大会の)準々決勝くらいからなんですよ、バトン部が応援に行けるのって。

最初の1、2、3回戦くらいは、サッカー部だけ応援に行く感じで。

 

・選手権予選の最初の方は、学校で試合速報とか見ている感じですか?

 

・そうです!それで勝った、という情報がクラス内とかバトン部内で出回り始めると、すごく盛り上がりましたね。「今日サッカー部勝ったって!!」「イェーイ!!」って感じで。

 

・そういうの、すごくいいですね。

 

―本当、楽しいですよねー。バトン部的には、やっぱり応援に行けるか行けないか、って気になるんです、会場で応援したいから。

だから「勝った、次の試合から私たちも応援行けるー☆」って感じで。

 

・青春ですね。

 

―ただ、自分たちの代のサッカー部はそこまで強い代ではなかったんです。

だから応援に行けずに終わってしまいました。。。

 

・そうだったのですか。それ、残念ですね。

 

―すごく悔しかったです……。懐かしいな。

 

・僕も野球応援がしたくて春日部共栄に入ったので、そういうの、すごい分かります。

 

 

高校時代の思い出 市立浦和伝統の「アトラク」

 

 

・他に思い出、何かあります?

 

―体育祭のアトラクですね。

 

・アトラク?

 

―3年生のクラス限定の、市立浦和の体育祭伝統行事です。

大抵、各クラスにバトン部がいるんですけど、そのバトン部が中心となってダンスを作るんです。そのダンスを、男女含めた全員で踊って、クラス対抗で競うっていう。

 

・3年生のみ、なんですね。

 

―バトン部だけは1年生の頃から出られるんですよ、3年生のお手伝い係として。

でも、アトラクはホント、思い出に残っていますね。1,2年生のときもお手伝いとして参加して、先輩のクラスの人たちとも仲良くなれたし。

 

・クラス全員で、何かするって良いですね。

 

―はい。受験勉強真っ盛りの夏休みに集まって練習するんです。

午前中は夏期講習にみんな行って、午後は体育祭のために教室に集まってダンスの練習をする。そして、練習が終わったら、バイバイして、またそれぞれが通っている塾に行って受験勉強をするっていう。

 

・いいですね、聞いているだけでキュンキュンしちゃいます。

 

―青春ですよね。私たちが3年生のときは、2位だったんです。だから、悔しい、とか思ったけど、クラスの絆がより深まって、良かったですね。

 

・いいなぁ。勉強して、部活して、本当に模範的な高校生活だったのですね。

藤塚さんの高校時代会いたかった―。

 

―何の価値もないですよ。

 

・でた、ネガティブ藤塚!

でも話を聞いていると、市立浦和のバトン部って学校で中心的な存在ですよね。

サッカー部とバトン部が学校の模範生徒みたいな感じなのですか?

 

―中心というか、サッカー部はやっぱり「サッカー部ブランド」っていうのはありましたけど、バトン部はどうだったんだろう。

ただ、先生たちからは「バトン部なのだから、しっかりしなさい」とかは、よく言われていました。人数も多くて私たちの学年は27人とかいたので。

 

・多いですね。

 

―しかも入部希望者は、面接と作文もあったので。

 

・バトン部って強化部ですか?

 

―いや、受けたら絶対通るんですよ。ただ、「軽い気持ちで入る生徒を未然に防ぐ」という感じだけで行うんです。

入ってしまえば、顧問もいないし、緩いんですけどね。

はぁ楽しかったな~、もう一度やりたいな。

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(ミスユニバースの各県代表とともに、ダンスレッスンを受ける藤塚さん。市立浦和バトン部の経験が大いに役立っている)

 

 

・バトン部か。いいですよね。見ているこっちも楽しいですもん。

 

―何ですか、それ。

 

・だって、クラスのマドンナ的な人は大体、チアとかバトン部所属じゃないですか。

 

―あーそうですね、友達がそうでした。人気でしたね。

 

・あなたも含まれているわけですよね。

 

―わたしは全然です…。

テスト終わりのマックに友達が私の好きな人と一緒にいるのを見て、号泣してました…。

 

・うわぁ。純粋すぎる。

 

―今じゃ笑い話ですけど、懐かしい。

 

・藤塚さん、ピュアすぎる。そのときの藤塚さんをそっと、抱きしめたいです。

 

・やめてください!

 

 

(藤塚瞳インタビュー② 終わり)

 

【編集後記】

最後は怒られてしまいました。

ただ……。もう、言うのは、やめておきましょう。

本当にピュアな心を持った方ですよね、藤塚さんは。

だからこそ、ユニバースの代表となり、

他のファイナリストメンバーがブログや各自のFaceBookで応援を呼び掛けたりするのだと思います。

インタビュー中など、それを実感することが多々ありました。

 

インタビューが長くなり、前号でお知らせした内容と、異なる部分がありましたことをお詫び致します。

今回お伝えできなった大学進学部分、そして「生まれたときに「心臓に穴が開いていた!」といった部分は、ユニバース挑戦までの経緯として、もっとも核となる[大学生活編]と共に掲載いたしますので、ご了承下さい。

尚、次号の発信は2日後を予定しております。

 

さて、3/1の日本大会までは残すところ、あと7日です。

埼玉のみならず、このブログを読んでくださる皆様が是非、藤塚瞳に熱い声援を送って頂ければと、僕は心から願っております。

このホームページやFacebookページで僕たちはつながっています。

Facebookページにコメントを残していただければ、きっと本人のもとへ届くはずです。

どうか、皆さん藤塚瞳に熱いエールを!

宜しくお願いします。

 

【次号】

大学受験~大学在学編

・挫折

・早稲田進学

・紆余曲折を経て……

どうぞお楽しみに。

 

 

 

編集協力
スタイルフリー(公式Webパートナー)
出演
藤塚瞳
編成
細川智寛
撮影
取材
細川智寛

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