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ミスユニバース埼玉事務局

阿部和代スペシャルインタビュー「あれから2年――。2年を経てわかったこと。」

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「クール」と「美」

持ち備えたその輝きはミス・ユニバース埼玉の中でも独特の存在感だ。

阿部和代――。

強さが引き立つ表情とは相反して醸しだすどこか寂しげなオーラ。

魅力であり魅惑であるその雰囲気に隠された幼き頃の出来事とは。

「ミスユニバース埼玉」挑戦から2年。今だからこそ明かす事実を赤裸々(せきらら)に語った。

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阿部和代

1991/8/10

埼玉県 狭山市出身

171㎝

趣味 料理・ 美容関係

特技 タイ語・ ムエタイ

経歴

Miss beauty skin 2009

Miss foreigner in Japan 2011(グランプリ)

Miss universe Saitama 2014 準グランプリ

Miss grand Japan 2015 Top 10

埼玉県 狭山市交通安全広報大使

夢 

年齢が許すまでコンテストに挑戦し続けたい

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スカウトされてミスコンの道へ

  

・これまで数々のコンテストに参加されている阿部さんですが、経歴の最初にあるMiss beauty skin2009とはどういった大会なのですか。

 

―ミスタイランド・インジャパン(Miss Thailand in Japan 2009 & Miss 0033 コンテスト)の特別賞がMiss beauty skin2009です。

日本にいる、(日本とタイの)二世なら受けることができるコンテストで0033(国際電話)が主催しているコンテストでした。大会名がころころ変わるので今はどうかわからないですが、当時は確かこの名前だったと思います。現地のタイ人か二世が応募できて毎年開催されている大会です。

 

・どういった審査があるのですか。

 

―最初は電話投票で残ればステージ審査です。

Tシャツが支給され、それをアレンジしてどれだけお洒落に着こなせるのかを争います。そしてスピーチ、コスチューム(自分の国の民族衣装を着て審査)、ドレス衣装審査です。流れはユニバースと一緒で、現在は水着審査もあります(当時はなかった)。

主に国際電話を普及させるため(多分)のコンテストらしく入場料も無料でした。

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・このコンテストが初めてエントリーだったのですか。

 

―はい、初めてでした。高校1年生の時です。

 

・どういった経緯だったのですか。

 

―きっかけは5月に代々木公園で行われているタイフェスティバルです。

私は毎年行っているんですけど、そこに出店していた0033(国際電話)のブースでスカウトされたんです。「こういう大会出てみない?」と。元々こういったものに興味はあって、ミスユニバースのドキュメンタリー番組とか全日本国民的美少女コンテストを見ていて「出たいな。」とか思っていて。でも応募の仕方もわかないし、応募しようと思ってもテレビで放送しているくらいなので当然今年の応募は終わってるし(笑)。

タイミングがなかったときに声をかけてもらったので、「受けてみよ。」という感じで受けました。

 

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(初挑戦となったミスタイランド・インジャパン2016版のポスター。現在は大会参加国が数か国となり電話番号も0033ではなく0570など当時と変化している)

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・小さい頃から漠然とですが芸能界に興味があったのですね。

 

―いや。小さい頃は男の子と遊ぶやんちゃな子でした。

女の子の間でシール集めとか流行っていたけれど、表面上やっていただけ(笑)

特に面白いわけでもなかったけど、女の子の友達もほしいからやっていました。基本は外で遊ぶことが好きなやんちゃな子ですね。すり傷とかいっぱいしていたし。男の子っぽかったです。

 

・なるほど。その名残としてのオーラがぷんぷんですね。

 

―いやいや。そんなことはないでしょ。

 

・中学時代も活発だったのですか。

 

―中学はバレー部に入りました。ただそれも仲のいい友達が入部したから入っただけで、まったく興味はなかったです。しかも先輩がすごく厳しくて。いじめとかもありました。私、いじめられていたんです。最初は、とっても仲良くしてくれたのに、なんでしょうね、私たちの代が目立ちっちゃって先輩たちがいい思いしなかったのか、すごくいじめられました。

 

・かなり気合の入った部だったのですね。

 

―髪型もベリーショートでした。中学生活はあまりいい思い出はありません。部活熱心だったこともあって、一応高校はバレー推薦をもらったんです。でも、その高校には進みませんでした。「バレーやりたくないな」って思って。

「高校デビュー」を目指し、高校生になったら普通の女の子になって楽しい学生生活を送るんだって決めました☆

 

・そんな夢見た高校生活を始めてすぐ(5月)にスカウトされたのですね。

 

―高校1年だった最初のミスタイランド・インジャパンは特別賞だったので悔しかったです。グランプリを獲りたかったので。2年連続は受けることができないという規約があったので、次の年(高校2年次)は1年間自分に磨きをかけていました。

それで高3の時に大会名が変わったMiss foreigner in Japan 2011(タイとフィリピンの2か国合同コンテスト)でグランプリを獲りました☆

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・この大会、グランプリだったんですね。

 

―高校時代、日中は学校に通い、帰宅後はミスコンに向けた準備という感じでした。雑誌を読んで、毎日ウォーキング練習して、YoutubeでVictoria’s Secretをひたすら見てウォーキングの勉強していました。その甲斐がありました。

 

・青春ですね。グランプリ獲得したことで変化などはありましたか。

 

―タイと日本の架け橋としてイベントに多く参加しました。タイのPRと日本のPRです。日本のイベントに出向いたときはタイのPR。タイのイベントに出席した際は日本のPRという感じで。タイ語と日本語でMCをしたこともあります。1年間頻繁にそういったお仕事がありました。大使館のイベントもあったのですが、これは現在も呼んで頂くことがあってちょうど先日も参加してきました。

 

・そうなんですか。タイ語は話せるのですか。

 

―はい、話せます。

 

高校を卒業されてからはどんなことをされていたのですか。

 

―ネイリストとまつ毛の勉強をしていました。

 

・お店で、ですか。

 

―はい、八王子のお店で働いていました。知り合いの社長で「うちの店で働く?」と声を掛けて頂けたので採用してもらいました。ネイルとかまつ毛ってお店でやると高いし、「自分で学べば安いじゃん☆」って思って。

 

・(笑)

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書類で落選→揺るぎない自信を持って挑んだミス・ユニバース埼玉

 

 

・2014年、再びミスコン(ミス・ユニバース埼玉)へ挑戦しました。またコンテストへの想いが募ったのでしょうか。

 

―いつもコンテストの締切日を過ぎた後に大会のことを知ることが多かったんですけど、たまたま間に合ったんです。それで受けました。2013年のことです。

 

・2013大会も受けていたのですか。

 

―はい。実は私、2013年も受けていたんです。

ただ書類で落選しました。なめていて。「受かるだろう」っていう軽い気持ちで髪も黒髪ではなくて派手な髪色でした。エントリー期間も迫っていたので染める時間もないし、これでいいかなって書類を出しました。

 

・そしたら落選。

 

―はい。「まじかあ。」ってなりました。

今まで受かってきたことばかりだったので、書類で落ちるというのはショックでした。

 

・それでまた気合というか、やる気になったのですね。

 

―すぐに髪を黒にしました。「来年は黒くして万全にして臨もう」って。

ウォーキング練習して、Victoria’s Secret見て、歴代のミスユニバースの方々の歩きを見て。

それと、人前に出る仕事を多く選び、精神面を強くしました。

 

・人前に出る仕事とはどのようなものですか。

 

―タイの仕事でなぜか歌を人前で歌うことがあったんです。タイの歌やMISIAさんの歌だったりを。そういう面で恥ずかしさを消そう、動じない心を作ろう、臨機応変さを鍛えようと思いました。

 

・人前で歌うというのは成果が出そうですね。

 

―が、効果はなしでした。やっぱどうやっても緊張はするもんです☆

 

・そして迎えた2014大会だったのですね。

 

―今度は書類で落ちないように、お金もかけました。数万だったかな?

プロのメイクさんとカメラマンを用意して撮影してもらいバッチリの状態で応募しました。それで通りました。

 

・審査の流れはどのようなものでしたか。

 

―まず書類が通った後の流れとしては大宮のホテルで面接でした。

2人の面接官がいて、

・面接

・質疑応答

・スピーチ

・カメラの前でウォーキング審査

といった感じです。

具体的に言うと、面接は「白いTシャツを着てください。」と言われ、入ると、シーンとした雰囲気で2人の面接官がいました。名前・出身校・特技を語りウォーキングをして、最後に自己PR。その後別室で写真撮影をしました。

 

・結構な審査ですね。

 

―今年と違いました?

 

・アイムユニバースの荻窪本社で面接。面接といっても本当にやわらかい雰囲気でお話しして、その後ペーパーテストをしておしまいです(椎名さんのスペシャルインタビュー参照)。

 

―そうなんだ。いいなあ。

 

・準決勝はどんな感じでしたか。

 

―確か出場者がすごく多かった年なんです。応募総数300人くらいいたらしくて。

それだからか分かりませんが、準決勝も4会場で行いました。埼玉県中央大会(伊奈町)、東大会(行田市)、北大会(本庄市)、西大会(川越市)とった感じで。

その各大会上位5位くらいまでに入ると決勝進出という感じだったと思います。私は東会場の行田大会2位で決勝大会に進みました。

 

・決勝までは一ヶ月ほどあったと思います。準備期間はどのようなことをされていたのですか。

 

―準備期間はムエタイをしていました。元々ムエタイはやっていたのですが、前だけでなく横や後ろ姿の見え方も大事になってくるので、背筋やお尻などまんべんなく鍛えていました。ムエタイのトレーナーに教えてもらい、どういったキックがどこの筋肉に効くかしっかりと意識して。

あとは電車に乗っているときに片足上げなどをして地道な筋トレをやっていました。

 

・ムエタイしていたんですね。

 

―「プロデビューしないか。」というお話を頂いたこともあります。

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(強さと美しさを兼ね揃えている阿部さん)

 

 

・スピーチ準備はいかがでしたか。

 

―他のファイナリストは話す内容として「政治」「日本を変えたい」「自分の趣味」などが多かったと思います。タイとのハーフだった私は「いじめ」について話しました。小学校のころに体験したいじめ。中学時代のいじめの経験を踏まえてです。

「いじめを乗り越えて私は、人前に立てるようになりました。私がミスユニバースになったら、学校訪問をしたい。いじめ撲滅運動をしたい。講演をしたいです。」といった感じのスピーチを準備して臨みました。

今年のミス・ユニバースジャパン代表である宮本エリアナさん(ミス・ユニバース長崎 世界トップ10入り)も同じようにハーフでいじめを受けてきた中、日本大会で優勝されたのですごいと思いました。

 

・今年の2016大会はミス・ユニバース埼玉のHP内にファイナリストブログといったページや公式Facebookページで各ファイナリストが自己PRや告知などをして大会を盛り上げていました。2014年もあったのですか。

 

―個々に「大会を見に来て下さい」といった発信のみですね。ミス・ユニバース埼玉のHPやFacebookはありましたけど、ファイナリストがそこで何かを発信するということはなかったです。個人で所有しているFacebook・ブログ・Twitterアカウントで呼びかけや自己紹介をしていました。多分公式ページでのアピールは今年から始まった企画で、去年もなかったと思います。

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・そして迎えた決勝ですが、決勝大会控室の様子などはどのような感じなのですか。

 

―ギスギスしている子もいたけど、基本はみんな自由です。水着審査の前にサンドウィッチを食べちゃう子もいて。でも、それが結構豪華で。だから私もサンドウィッチ爆食いしてました。「豪華じゃない♪」って(笑)

食べて廊下でウォーキングして、話したり写メ撮ったり。結構自由です☆

 

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・1年越しといいますか、1年間準備して臨んだ大会は準グランプリという結果でした。この結果はどういった思いでしたか。

 

―傷ついた。

傷つきました。

それだけ自信があったし、私が絶対に一番だと思っていました。過去の経歴や自分が歩いてきた道、そういった面で自分しかいないと思っていました。

負けないと思っていました。

でも負けちゃって。準グランプリ発表のときに自分の名前が呼ばれたときは、正直「もう協力なんてしなーい。」って思いました。1位じゃなかったら「嫌(いや!)」その気持ちしかありませんでした。

 

・並々ならぬ想いがあったのですね。

 

―だからイベントも参加しないと思っていたんですけど、

少しずつ参加をしていくうちに「協力するっていいな」と思っていきました。

 

・2年経て今現在はどんな気持ちなのですか。

 

―準は悔しかったけど、それは周りが選んだことだから今は悔しさといったものはないです。今は準グランプリという肩書で埼玉を盛り上げていきたいという感じです。

 

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(2014大会終了後お母様と)

 

・仲のいいメンバーなどはいるのですか。

 

―吉成琴美(2014ミスユニバース埼玉ファイナリスト)とは仲がいいです。

(吉成琴美スペシャルインタビューはこちら)

決勝が終わった後に、「ファンだったの」って言われたんです。「和代ちゃんのこと応援してるね。」と。それまで琴美とはあまり話す機会などなかったんですけど、最後にそう言われて、「そんな風に思ってくれる人がいたんだ。」と思って。そこから仲が良くなっていきました。プライベートでも会うようになって。

IMG_2891(プライベートでもよく会うという吉成さん(右))

 

あと齋藤歩(2014ファイナリスト)とも仲がいいです。歩とはホテルで行われた面接が一緒で、初めて話した人が歩でした。そこから連絡取るようになって、1番初めにできた友達です。

IMG_2894(同じく仲がいいという齋藤さん)

吉成・齋藤・阿部この三人は頻繁に集まるメンバーです。今度また会うんですけど、その時は5人です。鈴木瞳(2015審査員特別賞)、下川原ちゃん(2015ミスユニバース埼玉グランプリ)の二人が2015メンバーとして任期を終えたので、「お疲れ様会」ってことでスイーツパラダイスへ行きます☆

私はケーキはあまり好きではないので、パスタとかフルーツを食べます。

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(「お疲れ様会」と題し集まった5名。左から下川原さん、鈴木さん、吉成さん、阿部さん、齋藤さん)

 

 

2016ファイナリストの印象は「柔軟性が素晴らしい。言ったことをすぐに吸収する力を持つ子が多いこと。」

 

 

・数年に渡り阿部さんはミス・ユニバース埼玉を見てきたと思いますが、各年のファイナリストを見ていて違いなどはありますか。

 

―最初はみんなダイヤの原石です。ただ成長が早い人たちがミス・ユニバースを受ける子たちであって、代表になっていく子たちになると思うので、特に「この代は変わった子ばっかりだな。」とかはないです。

藤塚ちゃん(藤塚瞳2016ミスユニバース埼玉代表)もすごくメイクとか頑張って、プレトレーニング(各都道府県代表合同の短期トレーニング)を通してますます綺麗になっていますよね。最初は素朴な感じだったけど、どんどん自分のことを発信していけるようになっていますよね。

正直、大会後の彼女を見ていると自分を発信する事も少なく、アフターパーティー(決勝大会終了後、大会スポンサーを集めてのイベント)も彼女は端っこから、ひょこっと顔を出すくらいで、「これ、大丈夫なのかな?」とか思ったけど、プレトレーニングとかに行っている間に自分のことを分かりはじめて、各県の子に刺激も受けて、すごく成長しているなと思います。

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2016埼玉代表 藤塚瞳

 

 

2013・2014・2015と続く負の歴史。今年こそ最後まで……。

 

 

・2016メンバーに望むことなどはありますか。

 

―今までトップ3(グランプリ・準グランプリ2名)が全員一緒に最後まで任期を務めたことってないんです。
2013年はトップ(グランプリ)が途中で諸事情があり(ミスユニバース埼玉は原則、ミスユニバース埼玉として1年間活動に専念できる人)、そこで任期が終了してしまいました。
2014年、私たちの代はもう1人の準グランプリが任期中に他の大会に出場し契約解除でした。
2015も色々とありました。
だから、2016メンバーは頑張ってほしいです。
外から見ていて団結力があるので。ラストまでトップ3が誰一人欠けることなく、ファイナリストも含めて全員で乗り越えてほしいなと思います。
そこは実体験して、すごく寂しかった部分なので。自分らの代(2014年)は仲間が欠けてしまって、「3人で一緒に頑張ろう。」と誓ったはずなのに、本当にすごく寂しかった。その子はその子で、自分の人生だし、年齢的にコンテストを受けられるのは最後だと聞いていたので(基本的にコンテストは26歳以下)。
「受けたいいんだろうな」という思いも分かったので、「頑張ってね」と『仲間』だから応援したし、見にも行きました。けど、正直寂しかったですね、二人だけで埼玉の活動をしたのは。だから2016のメンバーはそうならないでほしい。トップ3で最後まで任期を終えてほしいです。
それに、今年は連携といった意味ですごいと思います。スポンサーさんの数であったり、規模であったり。決勝の演出なども今年の大会は華やかで。今までは正直に言ってしまえば少し地味というか、周りの県大会を見ていて羨ましさがありました。でも今回は見たこともないような演出が多かったので、私も「出たい」と思っちゃいました。本当に感動して。
そしてメンバーの連携。FBページやファイナリストブログといったものが登場して、ミスター部門も新設されて。全員が活躍する場が保障されているというか、頑張ればチャンスを貰える環境があると思うので。そういった面ですごいなと思います。

 

・今年は大きな変革期なのでしょうか。

 

―運営担当者が変わったこともあると思います。確か去年の決勝あたりで変わったと思います。以前の方は芸能関係に強い方で、ビューティトレーニング(決勝大会前にファイナリストが集まって行う合同トレーニング)もアナウンサーの方や、各分野に精通していた方が指導者として私たちを決勝の日まで指導してくれました。

決勝当日のゲストも、芸能関係者がスペシャルゲストとして大物の方がお越しになったりして。新しい担当者の方はスポンサーさんとかをたくさん集めてくださって、決勝大会が華やかになり、魅力ある大会となったので、そういった面ですごく感謝しています。埼玉事務局、アイムユニバースの皆さん本当にありがとうございます。

 

・阿部さんは今後、ミス・ユニバース再戦はお考えですか。

 

―もういいかなと思います。ファイナリスト止まりだったら受けただろうけど、トップ3に入ったし、もう名前も知られているので「また受けるの!?」ということになりかねないですし。しかもそれで、トップ3どころかトップ10にも入れず、ファイナリスト止まりだったら「え?阿部さん。。。」ということになるのでちょっと考えてしまいます。

 

・余談ですが、矢島茉那美(2016準グランプリ)は2014年も受けていましたよね。

 

―そうそう!一緒でした。

その時も三光ソフラン賞もらっていて。賞品が宝塚の公演チケットなんですけど、彼女は宝塚音楽学校を受験していたこともあって、すごくガッツポーズしてた(笑)まさか今年も貰うとは(笑)(矢島茉那美は2016大会、準グランプリ・三光ソフラン賞同時受賞)。

IMG_8169(2014年大会の矢島茉那美)

 

 

今後は運営者側の立場としてドレスの提供をしてくれる会社に挨拶したい。

 

 

・今年はミス・グランド・ジャパン2015※に挑戦されました。

 

―大会発祥の地がタイだったので、それでタイと日本の架け橋になれると思ったことがきっかけです。けど、トップ10で終わっちゃった☆

 

・悔しかったですか。

 

―正直しょうがないという気持ちがあって、というのも英語が達者ではなくて。

英語のスピーチがあるのですが、英語を勉強したけど、でも苦手で。発音はすごくいいって言われるけど、ちょっと頭が足りなかったからしょうがないです。そこは自覚しています。

 

・STOP THE WARがスローガンとお聞きしました。

 

―そう、戦争をやめるという趣旨で「STOP THE WAR」をスローガンにスピーチをするんですけど、他のファイナリストで英語を話せる子はすごく訴えながらスピーチをしていました。けど、私はすごく簡単にまとめてスピーチを終えたから。「私は平和を、小さな平和を作ります。ここで。さあ皆さん笑ってください。歯を見せてください。ほらここで平和が生まれたでしょ」という話をして会場にスマイルを作る、ということをしました。

 

・スピーチ時間は決められているのですか。

 

―スピーチ時間は短くていいと聞きました。でもそういった場では「短くていい」、と言われても時間掛けて沢山話すことが普通だから。結構みんな長かったけど、私は「please smile」とか[Show me teeth]とかそれくらい。他の人から見たら簡単な英語しか話せなかったし「こいつは喋れないな」と思われたと思います。残っていた子は基本的な英語は喋れる人でした。だから勉強してもう一度チャレンジしようかと。

 

・やっぱり悔しいですか。

 

―悔しい!来年も今のところは受ける予定です。その大会から

・ミスツアーリズムワールド

・ツアーリズムインターナショナル

の代表とか5人出たんですよ。日本代表がトップ10の中から。

 

・すごいですね。

 

―すごかった。私は声もかからなかったけど。残念ながら。

 

・ミス・ユニバース埼玉のように決勝前にファイナリストでトレーニングなどはあるのですか。

 

―ミス・ユニバース埼玉と同じくウォーキングや英語スピーチレッスンなどがありました。

 

・それはどういった方が指導されるのですか。

 

―初代ミス・グランド・ジャパン代表で大会主催者でもある吉井絵梨子(2012ミスユニバース秋田)さんです。

 

―吉井絵梨子さんですか。僕、数年前から吉井さんの大ファンです。

 

・きれいな方ですよね。今回この大会に参加したきっかけも絵梨子さんのお友達がミス・タイランド(阿部さんが最初に参加したコンテスト)の先輩だったんです。絵梨子さんが慕っている方が、私の(ミスタイランドの先輩)で、そこの繋がりで「ミスグランドやらない?」と紹介してもらって今回参加することになりました。

 

―ミスタイランドのつながりってすごいですね。

 

・絵梨子さんとかスティーブン・ヘインズ(ダンス・ウォーキング講師 はるな愛さんが世界一になった際のダンス講師)がダンスを教えにきてくださったり。

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(スティーブン・ヘインズと)

スポンサーもすごくて。Doleさん(バナナで有名)やNikeさんなどがスポンサーでNikeさんは服やシューズを支給してくださって。Doleさんは大会当日にバナナやパインアップルを大量に用意してくださったので、今回はバナナとパインアップルを爆食いして大会に臨みました☆

スポンサーがすごいし、ミスのためにミスが苦労しないように全部動いてくれていた大会でミスグランドは本当に感動した大会でした。

 

・吉井絵梨子さんは様々なコンテストに参加されていましたよね。だから出場者の気持ちも分かる部分もあったのでしょうね。

 

―本当にそう思います。絵梨子さんがこれまでコンテストの道を歩んできて、苦労した部分や、出場者だからわかることを次の代の子たちに味わせたくない、そういった想いがすごく伝わりました。すごく感謝しています。ミスタイランドの先輩が見ていたらしいのですが、「本当に彼女は苦労してきた」「彼女はコンテストのために苦労が多かった」という話を聞いて、大変だったんだろうなと思います。それからは私も「主催者側に関わっていきたいな」「運営に携わっていけたらな」という思いが強くなっています。

 

・阿部さんも多くの大会に出場してきました。そういった部分で何か苦労などあったのでしょうか。

 

―今まで私が経験して嫌だなと思ったことは次の子たちには経験させたくないし、苦労を減らすように協力したいなとすごく思います。私も何度も大会に出てきて、大会に出ている分、出場者としては「同じドレスで臨みたくない」という思いがあるんです。

ただ出費も重なってしまいます。レンタルにしても購入にしても。後々、イベントなどで使用することもあるのでちょっと高いドレスを買う子が多いけど、やっぱりその分、いいものになるからどうしても出費が多くなる。次のファイナリストの子たちにはなるべく出費を抑えてほしいなという思いがあるから、今、ミス・ユニバース埼玉の活動の中で「ドレスを提供してもらえるような会社に挨拶回りをしたい」と、事務局にお願いして計画を練っているところです。知り合いもいないので、アポ取りから始めて、お話しする機会が設けられたらなと。まずは県内のミスユニバース候補生のために何か貢献していきたいです。

 

・「年齢が許すまでコンテストに挑戦し続けたい」とのことですが、それ以降のプランも明確になってきたのですね。

 

―まずは来年ミスグランドジャパンに再挑戦ですね。同時にミス・ユニバース埼玉内の活動ではドレスの提供をしていただける会社などのスポンサー探しをしていきたいと思っています。

そしてこれは追々ですが、ミスコンに受けられない年齢とかになったら運営というか主催者側に立って、活かした経験などと共に参加者が苦労ないように何か貢献していけたらな、と。ミスコンにはずっとかかわっていきたいです。赤ちゃん抱っこしながらトレーニング指導し、ウォーキング指導して(笑)こんな感じでずっとミスコンには関わっていきたいです。

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(吉井絵梨子さん(左)と阿部さん)

※ミス・グランド・ジャパン※

2013年に始まったミス・グランド・インターナショナルの日本大会。

優勝者は日本代表としてタイ・バンコクで行われるミス・ グランド・インターナショナル世界大会に出場する。

2013・2014年度日本代表はコンテスト開催ではなく、コンテスト形式での代表選考は今年が初めて。主催者は初代2013日本代表の吉井絵梨子さん。

 

 

まずは母校で講演。そして県内の学校訪問をしていじめ撲滅運動を拡げたい。

 

 

・ミスコン参加当初の家族の反応はどうだったのですか。

 

―母は応援してくれました。(2009年のとき)ミスコンとかそういうのは初めてのことだったのですが、母が進んでタイの衣装とかを準備してくれたりしました(母がタイ人)。父は本当に興味がないというか「好きなようにしなよ」というタイプなので興味も示さず、私がコンテストで受賞したことすらも知らなかったんじゃないかと思います。

 

・お父様は今現在も興味を示していないのですか。

 

―狭山警察一日署長になった時があるのですが、その時に初めて私の仕事に来てもらいました。なかなかないことなので、一日警察署長って。「これは見てもらわなきゃ!」と思って、呼んだら結構感動してくれたみたいで、それからすごい親戚とかに自慢するようになりました(笑)「うちの子はね~。埼玉2位なんだよ。」って自慢するようになったみたいです(笑)今は応援してくれています。

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(応援してくれているというお父様、お母様と)

 

・その他にミスユニバース埼玉の活動として行いたいことがあるとお聞きしました。

 

―2014年の決勝スピーチから話していて、まだ実現していないのですが、自分の母校を訪問したいですね。そして講演を行いたいです。

 

・母校というのは小学校ですか。

 

―狭山台南小学校(現 狭山市立狭山台小学校)、狭山市立狭山台中学校、埼玉県立狭山清陵高等学校のかかわってきた学校すべてですね。

実は下川原ちゃんと高校が狭山清陵で一緒なんです。代も私が高3のとき、下川原ちゃんが高1でかぶっていて。だから狭山清陵高校には絶対に訪問して、「私たち2人は2014準グランプリ・2015グランプリを獲ることができました」と一緒に講演できたらなと思います。

 

・2年連続でトップ3(グランプリと準グランプリ)を輩出ですもんね。

 

―在校生と交流することで、次のミスの発掘にも繋がるだろうし、何かを生み出すことになればなと思います。

 

2016グランプリの藤塚さんはこの前、母校の市立浦和(さいたま市立浦和高等学校)に挨拶されていましたよ。

 

―いいなあ(笑)

 

・具体的にはどのような講演ですか。

 

―下川原ちゃんは日本大会の事やユニバースについて。在校生も興味を持ってくれる内容だと思うので。

私はいじめについて。これは小中高とどの講演でも伝えたいです。それをきっかけにして県内の各学校でいじめについて、そしていじめ撲滅活動を推進していければと思います。

 

・いじめについてですが。中学校の頃のお話はお聞きしましたが、小学生のころもあったとお聞きしました。

 

―小学校の時の方がひどかったというか。男の子からのいじめがすごくて。ハーフであることや母が外国人であることをいろいろ言われ、言い合いをして。

取っ組み合いのけんかになったりとかして。中学時代のいじめとはまた違いましたけど。

 

・埼玉県ではいじめ撲滅運動に積極的な取り組みをしています

http://archive.pref.saitama.lg.jp/site/ijimebokumetu/

何か阿部さんからいじめを受けている方々にメッセージがあればこの場でお伝えください。

 

―悩んでいるのはあなただけではありません。少しでもいいから、勇気を出して行動してください。その振りしぼった勇気が何か解決につながるかもしれません。そして、いじめは子どもだけの問題ではないということです。それを心に持ってもらいたいです。埼玉県でいじめがなくなるよう、私も貢献できたらと思います。

 

・ミスコン挑戦、いじめ撲滅活動、阿部さんのご活躍に期待をしています。

阿部和代さんありがとうございました。

 

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編集協力
スタイルフリー(公式Webパートナー)
出演
阿部和代(2014ミス・ユニバース埼玉準グランプリ)
編成
細川智寛(2016ミスター埼玉準グランプリ)
撮影
細川智寛(2016ミスター埼玉準グランプリ)
取材
細川智寛(2016ミスター埼玉準グランプリ)

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